【スロプー物語 第五話】上野エスパスグランドオープン

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【スロプー物語 第一話】はじめてのパチスロ

【スロプー物語 第二話】スロプー生活スタート

【スロプー物語 第三話】最強のエナ機、島唄

【スロプー物語 第四話】当時よく通っていたホール


エスパス上野グランドオープン

2006年8月に上野にエスパスがグランドオープンしました。

グランドオープンからけっこう通っていてエスパスとインペリアル(当時は1号館と2号館に別れていて今は2号館しかない。)をメインに立ち回ってました。

メイン機種は

秘宝伝(初代)

多分、設定6を合計で100回くらいつもったw

BIG中のスイカとハズレ確率に設定差がかなりあってメリハリ型のホールならBIG3~4回引けば設定ある程度わかっちゃう感じでしたね。

当時は今よりメリハリ型(設定1or設定6)のホールが多かったですね。

 

秘宝伝なんかは機械割がそんなに高くなかったので(112%くらい)1/3で設定6投入イベントが上野のどこかのホールで毎日ありましたね。

で、設定入る場所もある程度推測はつくので朝一1/2くらいで設定6つもれてました。ただ実際は設定4とか設定5とかも混じってたでしょうしガセイベントもたくさんありましたw

 

あと上野ルールとして8台設定機種で1/3で設定6だった場合

設定6は2台だけですw

上野初心者はワンチャン3台あるかもって思いますが

ないですw

 

秘宝伝は設定6でもけっこう負けられる機種だったので

ぼくは設定6で最高10万円負けました。

多分ぼくの設定6での最高負け額なはず。

 

島唄のハイエナで忍耐力は鍛えられましたが

秘宝伝もかなりイライラさせる天才だったからなぁw

ちまたでは台パンされるからパネルが少し柔らかくなっているという噂もあったくらいw

たしかに実際柔らかかったです。

 

月収は60万円くらいでした。

基本的には設定狙い一本。

ハイエナはふらっと入ってあったら時々って感じ。

理由は無限に打てちゃうからw

まだ大学5年生だったので他の予定もあったしね。

なので時給3,000円以下は打たないというマイルールを決めてました。

設定6が確定した106%とかでも打たなかったです。

今は飛びつくけどw

あとは

南国育ち

夢夢ワールドDX

カイジ

など比較的設定判別がしやすい機種を打ってましたね。

 

パチスロに飽きてきちゃう

専業で毎日打ってると

面白くない

 

バンドとかでもメジャーデビューしたら自分たちのやりたいことができなくなったとかよく聞くじゃん。

 

勝つことだけしか考えてないからいくら負けてようが等価であれば自分で決めた時間まで現金投資するしルール通りに回してた。要は機械だよね。

高設定に座ったら機械的に時間まで回すだけ。

出ても出なくても。

 

直感的にこの台はもう出なさそうだなとか出そうとか感じることあると思うんだけどそんな感情は一切無視。

 

ただ、狙い台に座って設定判別して回すだけ。

狙い台に座れるかのドキドキと設定判別している時はまだ楽しい。

設定判別終わっちゃうともうつまらない。

 

そうそう当時も走っちゃダメとかいうのは一応あったんだけど今ほど厳しくなくて追い抜きとかも普通にあった。多分今やったら店員とめられたりツイッターで晒されたりするんだろうけど当時は走って台取ったり追い抜くのは当たり前だったので開店前は今より殺伐としてましたw

2号館(インペリアル)は入場口を入ってすぐ右に階段あるんだけど実は奥にある階段の方が狙い台に早くたどり着けるとかあって、朝確定台があっても自分の番号が微妙に座れない番号でも一見さんが数人いれば抜かして座ることが可能でした。

そういうのは楽しかったけど、打ってるのはやっぱりあまり好きじゃなくなってきてました。

 

打ち子を雇う。

目押しの重要性もさほどないし設定判別が終わったら他の人に打ってもらえば自分のしたい事ができると考えたぼくは打ち子を雇うことにします。

雇うといっても雇用契約を結ぶというわけではなく友達や大学の後輩に時給もしくは出来高で給料を払うというものでした。

大体時給だと1,400円、出来高だと差枚の2割(最低保証5,000円)とかでしたね。

どっちにするかは各個人に任せていたのですが時給制を選択する人が多かったです。

打ち子の条件はスロットを何度かは打ったことがあって目押しもチェリーくらいは狙える人でした。あとはぶん回せる人、最低1時間700回転。

人件費は15万円ほど、収支は60万円と以前と変わりませんでしたが打つ時間が減ったので自分の時間が以前よりできるようになりました。

漫画喫茶でくつろいでいましたがwww

今思えば、ここでできた時間をうまく使えばもっと稼げたし人を雇って儲ける経営者の観点を学び成長する事ができたと思うのですが当時のぼくはそんな事少しも考えていませんでした。

経営学部だったのに。

とも設定判別が終わったら空いてる人を探して打ってもらって自分は漫画喫茶でダラダラしたり時々やる気だして新規で使えそうなホールを探したり時差オープンでまた高設定を探したりといった毎日を過ごしていました。


第6話に続く

【スロプー物語 第六話】上野エスパスで月200万勝った話

 

今回は以上になります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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